ぶくぶく茶の歴史

ぶくぶく茶の名前の由来

ぶくぶく茶という名前は、泡がぶくぶくしていることから付けられたようです。
ちなみに、沖縄の方言では泡のことを「アーブク」といいます。

さらに調べてみますと、安次富順子先生著書の「ブクブクー茶」では、 鹿児島徳之島の振り茶である、「フィチャ」を徳之島では「ブク」と呼ぶことから 振り茶の一種であるぶくぶく茶の名前が沖縄で変容したのか…などと書かれています。

ぶくぶく茶はいつどこで、どのように飲まれていたのか

ぶくぶく茶は、明治時代から昭和の戦前まで、沖縄県の那覇だけで飲まれていました。
那覇の東町の布売り市場で、頭にチリデー(お盆)をのせたぶくぶく茶売りが、 ぶくぶく茶を売り歩いていました。とくに夏場は人気があったそうです。

また、中流以上の家庭において、家族の誕生日祝いや出産祝い、新築祝いなどといった 内輪のお祝いに、ぶくぶく茶が飲まれていました。

「旅立ちの日に ぶくぶくのお茶や旅の嘉利(かり)なむん 立ててみぐらしばもとの泊」 という歌もあり、船で旅立つときには、ぶくぶく茶を立てて再会を願ったそうです。
嘉利(かーりー)とは、縁起が良いという意味です。

ぶくぶく茶を立てる「ブクブクタティヤー」という専門家もいて、床にタライをおいて そのなかにブクブクー皿をおいて、泡立てることもありました。 ぶくぶく茶を立てるには、時間がかかり疲れるので、 右足をたてて、右ひざの上に手を乗せてぶくぶく茶を立てていました。

ぶくぶく茶には、油っぽい食事の消化を助ける働きもあります。 多い人では、ぶくぶく茶を10杯、20杯とおかわりしたそうです。

第二次世界大戦前はよく飲まれていたぶくぶく茶でしたが、戦後はすたれてしまいました。 ぶくぶく茶がすたれてしまったのは、ぶくぶく茶を作る道具が戦争で焼けてしまったり、 ぶくぶく茶を立てる水を選ぶのが難しかったり、煎り米を作るのに時間がかかるなどの理由があげられています。

復活したぶくぶく茶

第二次世界大戦後、姿を消していたぶくぶく茶が復活したきっかけとは、 今は亡くなってしまったのですが沖縄に住んでいたAさん(仮名)が、 ブクブクー皿と茶せんを東京の知人にプレゼントしました。 その後、ブクブクー皿と茶せんが戦争で焼けてなくなってしまったことを知り、 知人がAさんに返してくれたそうです。そして、Aさんがぶくぶく茶を家で 立てて楽しんでいたのを、のちに沖縄伝統ブクブクー茶保存会の会長となる方が知り、 研究や情報収集を重ねて、ぶくぶく茶を復興させたそうです。

たった一つ残っていたブクブクー皿と茶せんを同じ寸法で復元させたり、 茶せんの振り方やお米、水のことなどたくさんの研究を重ね、 ついに沖縄のさんご礁(琉球石灰岩)が含まれた硬度の高い水でないと 良い泡がたたないことが分かりました。

日本の名水百選に選ばれた、玉城村(たまぐすくそん)の垣花樋川(かきのはなひーじゃー)の水がとくに良い泡が出るそうです。 ぶくぶく茶は泡が命なので、この発見はとても大きなものだったでしょう。 沖縄の硬度が高い水のほかにも、市販の高度が高いミネラルウォーターも利用できるそうです。 沖縄伝統ブクブクー茶保存会の方がおっしゃっていましたが、 フランスのエビアン(硬度250以上)などのミネラルウォーターが合うと話されていました。

こうして、ぶくぶく茶は再び沖縄で広まることになったのです。

参考文献
・「ブクブクー茶」 著者:安次富順子
・「おきなわブクブクー茶物語」 文・絵:あしとみじゅんこ
・「沖縄健康茶読本」 編集:田崎聡 出版:株式会社ライトプレス出版社

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